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韓国人よ自国歴史の真実は国外にある!。世界に嘘は通用しない。

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韓国は日本に併合されたことを恨んでいるが、日本が併合しなかったらロシアに占領されて韓国は消えていたであろう。そして、韓国人は奴隷としてシベリア抑留され、女子供も知れたこと悲惨な結果を迎えたであろう。韓国人が歴史を歪曲し日本人がやりもしない嘘の教育を子供の頃からしているが、併合後は環境も良くなり人口も増加している。韓国が併合以前の歴史を歪曲しても、諸外国でも韓国の歴史は知られており嘘は通用しない。日本に嘘を言って騒げば騒ぐほど嘘が世界に発信される。いずれ嘘は明らかになる。

※※※ 韓国の併合前・後の写真・歴史

https://search.yahoo.co.jp/image/search;_ylt=A2RCAwjzyDVdRiMAVC.U3uV7?p=%E4%BD%B5%E5%90%88%E5%89%8D%E3%83%BB%E5%BE%8C%E3%81%AE%E9%9F%93%E5%9B%BD&aq=-1&oq=&ei=UTF-8

●韓国の新聞、中央日報(2010/8/4付)のコラムにこんなことが書かれていた。

<貧窮する暮らし。百年前、外国人の目に映ったソウルの風景がそうだった。まだ西洋文明が伝わっていなかったソウルの様子を、英国の女流作家イザベラ・バードはこう表現した。『泥壁の掘っ立て小屋が軒をつらねるみすぼらしい路地、厚くおおいかぶさった褐色の屋根、汚物と腐ったゴミで悪臭のするミゾ…』といった描写は、日本の植民地に転落する“力なき朝鮮”を対象にしたものだが、次のような表現は心に刻み込んでおくに値する>

●<ソウルはすなわち韓国だ。…しかしソウルにはいかなる芸術品もなく、古代の遺物もほとんどなく、公衆の広場もなく、きわめてまれに見られる王家の行列以外にいかなる行事も、劇場もない。ソウルには他の(国)都市にある文化的魅力に欠けている>

●イザベラ・バードは1894年から97年にかけ韓国を旅行し、長編の紀行文を書いた。日本では『朝鮮紀行—英国婦人の見た李朝末期』(講談社学術文庫)と題し翻訳されている。時代はちょうど日清戦争(1894~95年)からその後にかけてで、「日韓併合」(1910年)より10年ほど前だ。彼女の『朝鮮紀行』は、コラムが言うように、日本の保護・支配を受ける直前の韓国の事情を、第三者の目で克明に記したものだ。

●この本の序で、彼女のことを紹介している駐韓イギリス総領事ウォルター・ヒリアーは、当時の韓国事情をこう書いている。
<現在、朝鮮が国として存続するには、大なり小なり保護状態におかれることが絶対的に必要であることは明白であろう。日本の武力でもたらされた名目上の独立も朝鮮には使いこなせぬ特典で、絶対的に腐敗しきった行政という重荷に朝鮮はあえぎ続けている>
<最も顕著な悪弊を改革する日本の努力は、いくぶん乱暴に行われはしたものの、真摯であったことはまちがいない>
      《黒田勝弘 SAPIO 2010/9/8》


●日本人の猿まねについては、最初にはげしく軽蔑したのはヨーロッパ人でなく、隣国の韓国であった。日本が維新によって大変革を遂げ、開国するとともに髷を切り、洋服を着、鉄道を敷き、ヨーロッパで勃興した産業文明に追っつこうとした。「人にして人にあらず」と、韓国の公文書ではいう。

●日本は、より切実であった。切実というのは、朝鮮への想いである。朝鮮を領有しようということより、朝鮮を他の強国にとられた場合、日本の防衛は成立しないということであった。

●日本は、その過剰ともいうべき被害者意識から明治維新をおこした。統一国家をつくりいちはやく近代化することによって列強のアジア侵略から自国をまもろうとした。その強烈な被害者意識は当然ながら帝国主義の裏がえしであるにしても、ともかくも、この戦争は清国や朝鮮を領有しようとしておこしたものではなく、多分に受け身であった。

●「朝鮮の自主性をみとめ、これを完全独立国にせよ」というのが、日本の清国そのほか関係諸国に対するいいぶんであり、これを多年、ひとつ念仏のようにいいつづけてきた。

●李王朝はすでに五百年もつづいており、その秩序は老化しきっているため、韓国自身の意思と力でみずからの運命をきりひらく能力は皆無といってよかった。
そこへ東学党ノ乱がはびこっている。東学とは西学(キリスト教)に対することばである。儒・仏・道という三教をあわせ、これに現世利益をくわえた新興宗教で、これがわがくにの幕末ごろから朝鮮の全羅道、忠清道のあいだにひろがり、やがてそれが農民一揆の色彩をおびてきた。

●韓国政府は大いにおどろいた。韓国が直面したおそるべき不幸はみずからの政府の手で国内の治安を維持できなくなったところにあるであろう。「清国に要請して大軍を急派してもらおう」という議が、もちあがった。—日本に要請して、とは、ほとんどの者がおもわなかった。日本を小国とかろんじていたし、在来、清国を宗主国としていたから当然ながら宗主国にたよるという考えかたになった。      
     《司馬遼太郎 「坂の上の雲(1)」》


●朝鮮が、対中外交では属国としてあれほどの屈辱と忍従の関係を延々と、そしてあれほど嬉々として続けたのはいったいなぜなのか。それは国内においては「両班」と呼ばれる地主エリートによる特権階級制度を維持し、それに基づく国内の社会・政治秩序を守り抜くためであった。

●この制度は、社会全体に強固な儒教イデオロギーに基づく上下関係を作り出し、その上に国内で地主官僚のエリートが支配する「上下関係」を維持するため、対外的な中国との「上下関係」を利用し、その支えとして朝鮮民衆に対する圧制への忍従を受容させるうえで不可欠のシステムとなっていたからである。
中国を至上の存在と位置付け、国内に序列に基づいた両班体制を設けて統治の維持を図るという政策を朝鮮が選んだ瞬間から、この国の半永久的な貧困は宿命づけられていた、といわなければならない。   
     《中西輝政 Voice2013/12月号》


●明治の日本に感嘆したイザベラ・バードは朝鮮にも行っている。家は掘立小屋、悪臭を放つドブ、女に名はなく、子を産むとおっぱいをむき出しにする風習はニューギニアにだってない。

●奴隷制も生きていて、民の4割を占めた。彼らに人権はなく、両班は懲らしめに縛った小作人の足の間に棒を入れて足の骨を折る拷問をやる。汚職は日常化していた。バードは「内部からの改革は不可能」と匙を投げている。

●セオドア・ルーズベルトも実態を知って20世紀早々、朝鮮にあった米国公館を閉じた。前代未聞の「国交断絶」だった。朝鮮が文句を言うと、統治能力もない、国じゃあないと答えた。そんな朝鮮を「日本だけは思いやりをもって接した」と米公使シルが書いている。

●福沢諭吉もその一人だ。彼は平仮名を真似た諺文を歴史の中から掘り出し、普及させた。ハングルのことだ。朝鮮の青年を日本に留学もさせた。
しかし彼らは慶応義塾の金庫を壊して金を盗み、遊興にふけった。諭吉は「支那朝鮮に特別の会釈に及ばず」(脱亜論)と、失望感を隠さなかったが、平気で恩をあだで返す彼らの習性に多くの日本人は気づかなかった。
        《折節の記 正論2012/9月号》


●中国の属国だった朝鮮が自主独立国家になったのは、日清戦争で日本が勝ち、清に対して朝鮮の独立を認めさせた時からである。その時に大韓民国が成立し、首長が「皇帝」を名乗るようになった。中国の属国である限りは「王」であり、決して「皇帝」にはなれない。

●韓国人は自分たちがかつて属国だった事実を認めず、「ずっと自主独立の国だった。それを日本だけが侵略した」と言っている。    
《井沢元彦 「日本史集中講義 点と点が線になる」》


●韓国の知識人は李朝時代を基礎に近代化があったと主張するが、古田博司氏によると、李朝はインカ帝国のような停滞した時代に過ぎなかった。李朝には車がない。輪っかがないのである。なぜかというと曲げ物を作る技術がない。木を曲げることができないから樽もない。焼き物の顔料もなかった。結局、日本の統治によってしか近代化し得なかった。
        《八木秀次 正論2009/6月号》

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